M's diary - 日本から世界へ -

~日本、世界、社会を考えるブログ~

日々の時間マネジメントが未来を決める

あっという間に時間が流れてしまった。 9月以降、ブログは一つも書けていなかった。でも、決してあたふた奔走してわけではなく、むしろ毎日を楽しんでいたように思える。新しい仲間との仕事が9月13日から開始してもうすぐ2か月。合宿をしたり、チームで…

Tradition to Modern

香港の街をあるく。 空は青いが、それを遮るかのようにビルが立ち並ぶ。 超高層ビルとそれを囲む伝統の竹の枠組み。 伝統とモダンが内在する街、香港。 香港で寿司を食らう。 日本から直送で届く新鮮な食材。 正直日本で食べるよりうまい。(関連) 食の街、…

Make change to change

徒然なるままに日記を書こう。 この一か月において僕が生きる環境は大きく変化した。僕の人生にとっても大きな意味を持つ変化だ。何を隠そう、新しい環境に身を置き、新しい人たち・新しいチームとの歩みが始まったのだから。正直、この展開は全く予想もして…

9月18日

9月18日という日。 日本人はこの日のことを思い出すことは別になかろう。 でも本当は日本人にとって、そして日本にとっても重要な日だ。 1931年9月 18日夜,奉天 (瀋陽) 北部の柳条湖で南満州鉄道の線路を関東軍が爆破した。満州事変の発端となった事件がこ…

変化し続けること

14日、15日は、合宿という名のキャンプで、長野は上高地。 まさに神々がそこに存在するように、壮大な自然と山々と緑が僕たちを迎えてくれた。 自然は常に変化している。僕たちも自然のように常に変化し続ける。それがこの合宿の中の一つの重要なポイント…

DUNKIRK

久々に映画を見てきた。それは9日から上映となった「DUNKIRK/ダンケルク」という物語。イギリス人にとってはダンケルクの奇跡として語り継がれている真実の物語だ。 第二次世界大戦中、ヒトラー率いるドイツ軍は圧倒的な戦力と戦略から欧州を一気に席巻した…

お祈りを

今日は、おじいちゃんの三回忌。 もしおじいちゃんが生きていたとすると93歳。いずれにしても戦後第一世代の方の寿命はそう長くはない。戦争の辛いお話や戦後の復興のお話を僕たち日本人はもう少しで「生」で聞くことはできなくなる。更に、東京に住んでいる…

To be Good to Great

「ビジョナリーカンパニー」に久々に出会った。 ピータードラッガーの後継者として称されるジムコリンズが著した「ビジョナリーカンパニー(原版:Good to Great)」シリーズ(v1~v4)。こちらを知る人、あるいは実際に読まれたビジネスパーソンも多くいること…

健康がすべて

つれづれなるままに日記を書こう。 最近行った健康診断で、実は肝臓が引っかかってしまった。飲み会が続いたシーズンだったので、3日ほど休肝日を設けてから健康診断に臨んだが、お酒は「γーGTP」に影響するとして、1週間はあけてくるようにと言われてから再…

“The four most expensive words in the English language are, 'This time it's different.'”

四つの単語でできた言葉の中で、最も高くつくものは「今度ばかりは違う(This time it’s different.)」である。 これは米国の投資家でウォール街の伝説的なファンドマネジャーもあるジョン・テンプルトンの格言である。マーケットのトレンドに対して今度ば…

Departure

中国東北地方の旅が終わった。あっという間の1週間だった。大連、旅順、瀋陽、長春、そして哈爾浜(ハルビン)。電車で移動した距離は2000kmを優に超えただろう。この短期間でこれだけの都市を回れたことは、正に文明の利器のおかげだ。一つ一つの街に深い深…

Good bye 中国东北

最終目的地ハルビンを後にして大連へ出発だ。満州鉄道時代は、大連までおよそ1000km、15-20時間も要した。遠い遠い街。今日では新幹線で3時間半だ。さぁ、出発だ。再见哈尔滨,再见满洲.

過去、現在、そして未来

ハルビンに訪れた一つの目的は、中国最北の地でロシアの文明がいかにこのハルビンという地に影響を及ぼしたのかを探るためであることは間違いないが、最大の目的とは日本軍第731部隊の歴史を探ることにある。 ハルビンの中心から車でおよそ20kmの場所にそ…

東洋のパリ

今回の旅の最終目的地でもるハルビンに到着した。ハルビンはシベリア鉄道によってモスクワへ通じる北東アジアの交通の要衝の一つであり、中国でも最も北部に位置する行政区画国黒竜江省の省都だ。19世紀末まで小さな漁村に過ぎなかったハルビンではあるが、2…

哈尔滨· ハルビン

最後の街、ハルビンへ

満州建国大学

満州というものを意識し始めたのは、僕の祖父がかつてそこで生活をしていたから?というわけではない。 実は、10年ほど前にこんなブログを書いたことがある。実家の近所に宮野さんというおじいちゃんがいた。個人的には特に関わりもなかったが「偉大な方。聡…

かつてここに国の中枢があった

新民通りに連なるかつての満州国の行政機関だ。その多くは、吉林大学の医学部、薬学部などの校舎として使用されているが、これだけの手の込んだ建築物を短期間に作り上げた史実には感銘を受けた。とりわけ最後の関東軍司令部は、名古屋城を彷彿させる立派な…

歴史を辿る

瀋陽から高速鉄道に揺られ1時間40分。長春に到着。かつて満州帝国の首都新京があった街だ。瀋陽よりもさらに寒く早速スウェットを着用。北の街に着いたことを感じさせる。吉林省の省都でもあるこの長春も他の街と同じく、経済発展の波が押し寄せている。大き…

長春へ、新京へ

今僕は、長春に向かっている。かつての満州国首都新京だ。車窓を眺めるとそこには広大な大地が広がっている。かつて多くの日本人が夢を見てやってきた大地だ。その日本人の情熱を僕たちは忘れてはいけない。長春ではかつての日本人が歩んだ軌跡を精一杯辿り…

三个世界文化遗产

瀋陽という街についた。第一印象は瀋陽駅のデザインが東京駅に瓜二つということ。これは偶然ではなく意図してそのようになっている。なぜなら、日本人が建設したからだ。この建造物は正に満州国時代の名残であり、時を経ても褪せない歴史がまずは最初に僕を…

瀋陽へ

かつて奉天と呼ばれた街、瀋陽へ向けて新幹線に乗り出発。 かつての南満州鉄道を今僕は時速304kmで北上中。車窓には広大な緑の大地。かつて満州と呼ばれた大地が広がっている。

坂の上の雲へ

まるで違う街についたようだ。想像以上の大変化だ。 15年以上も前に大連という街を訪れた。どことなく欧州の香りのする不思議な街。かつてロシアが街を統治していた時代の名残だ。この街はその後、日本の統治、そして満州の時代を経て、現在は中国の大都市と…

満州へ

日本人は満州というかつて存在した国のことをどれだけ知っているだろう。満州とはかつて中国東北部に存在した国家である。1945年に日本が敗戦するまでの13年5か月の間、満州は独立国家として中国東北地方に存在した。(世界各国はこの満州を独立国家として認…

懐かしき味 大統領

大学生のころ、親父が東京に出張した際にはよく二人で、上野にあるもつ煮込み屋「大統領」に連れて行ってもらった。昭和25年創業の老舗だ。かつて新幹線がなかった時代は、現在の東京が遠距離移動交通の中心ではなく、夜行列車が終着する上野が中心だった。…

空き家

昨日、僕の実家で増加する空き家の現実の話を書いた。奇しくも今日日経新聞にこんな記事があった。現在日本では820万戸の空き家が存在し、これからその数は2033年にかけて3倍にまで達するという。現実的にはその多くは何もしなければ時間の経過と共に朽ちて…

無色透明

また、この日がやってきた。8月15日。72年前の今日、戦争は終結した。 帰省している姉からこんな話を聞いた。姉は新潟県で教員をしている。先日開催されたとある教育関連の講演会でのこと。登壇者は、戦争を経験した元軍人であり、その後新潟の教育界に大き…

農村の眺めは美しい

お盆。お墓参りをしなら一枚写真をとる。我が先祖のお墓は高い丘の上にあり、見晴らしいは最高だ。そこには懐かしき田園と農村の風景が存在する。これぞ「田舎」といえる僕にとっては一級の眺めだ。 一方、風景から見える美しさとは裏腹に、この地で生を営む…

民は国の本、吏は民の雇

キャンプ場から実家へ帰省する道中、どうしても立ち寄りたい場所があった。いつかは行ってみたいと思っていた場所。かつての長岡藩家老、河井継之助記念館だ。 河井継之助のことを知る人は全国的には少ないかもしれない。だが、幕末に彼がとった行動は明治維…

活きた緑

都会砂漠を離れ、癒しの旅へ。と言いたいところだけど、結構本格的なキャンプでテントの準備に2時間以上、料理もつくったりとヘロヘロになりながら、活きた緑を目と肺と身体で吸収した。都会で積もった様々なホコリも掃除された気分だ。 五十沢キャンプ場 も…

卒業・感謝・変化

僕はいくつかの組織に携わってきた。そして本日をもって、5年近く属した一つのチームを離れることになった。そう、卒業だ。9月から新しい海原に向けて舵をきるためだ。5年も携われば様々なこともある。最後のスピーチでは、思わず涙が出そうになった。仲間た…