M's diary - 日本から世界へ -

~日本、世界、社会を考えるブログ~

野菜が田舎から届いた

田舎から母が送ってくれた野菜と米が自宅に届いた。毎度のこと田舎を持つありがたみを深く噛み締めるとともに、母親に心から感謝だ。「いつもありがとう」。早速メールをしたところ。野菜は元々は祖父母が何十年も作っていたわけだが、他界した後はその畑を利用し母親が農作業を引き継いで作っている。雪解け水をたっぷり吸った大地から生まれる野菜の味は格別だ。甘さが言葉では表現できないほどに違う。米は元来実家では作っていないけれど、近隣の農家から格安で譲ってもらっている。もちろん、そのコシヒカリの美味しさもmore than words. 

 

僕のブログの表紙の写真は実家からとった写真。写っている畑は”うち”の畑。そこでナス、かぼちゃ、スイカ、きゅうり、様々なものを栽培している。

 

春は薫風の風がこの大地を吹き抜ける。緑の香りが生命力の強さ感じさせてくれる。その薫風の風が”始まり”を伝えてくれる。夏になればこの景色は青々とした稲の大地に生まれ変わる。夜はカエルの合唱だ。その音量はけたたましいほどに。でもその泣き声はどこか優しくいつもぐっすりと眠れる。僕にっては天然の子守唄だ。秋は稲刈りの季節。この眺めはまた大きく様相を変える。この写真の後ろ側には大きな山があり、そこは炎のように真っ赤に紅葉した山々が迎えてくれる。そして冬。見渡す限り白銀の世界。畑は雪で埋もれ、その坂をよくソリで遊んだものだ。僕はこの大地で育った。

 

活きた食材と感情的ともいえる大自然の変化。これを都会で経験することは難しい。何という贅沢だろう。都会に住む今だからこそ心底思う。

 

でもこの田舎の風景とは、人が住んでいるから存在する。人がいなくなれば、草木は無秩序に生え、大地は野生に戻る。田舎の風景が残るためには、人々がその地で持続的に生活できなければならない。しかし実際には消滅するといわれる地方の村は全国に数千もあるという。人々が生活するには雇用が必要だ。雇用されるためには事業が必要だ。事業が無ければ生活は成り立たない。

 

持続的な事業基盤・仕組みを作っていくことは、経営者・起業家・事業家の使命だと思う。それはこの美しい風景を残すための挑戦でもある。非力ながら、僕もこの風景を残すために挑戦をやめない。その一つが田舎の産物を世界へ。僕の一歩は小さな一歩。でもきっと大きくなる。大きくする。

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