M's diary - 日本から世界へ -

~日本、世界、社会を考えるブログ~

民は国の本、吏は民の雇

キャンプ場から実家へ帰省する道中、どうしても立ち寄りたい場所があった。いつかは行ってみたいと思っていた場所。かつての長岡藩家老、河井継之助記念館だ。

河井継之助のことを知る人は全国的には少ないかもしれない。だが、幕末に彼がとった行動は明治維新に大きな足跡を残した。南から迫る薩長の新政府軍。そして忠誠を誓ってきた徳川幕府の間に挟まれ、長岡の民を守るために彼がとった行動は、永世中立国として長岡を独立させ、戦争の回避を訴えることだっだ。だが、新政府軍は河井の中立の姿勢を受け入れなかった。河井は民を守るため、そして侍として意を決し、新政府軍と戦争(北越戦争)を迎えることになる。圧巻なのはその戦略だ。当時日本に3門しかないガトリング砲2門を横浜の外国商人から購入して戦争に向かう。当時8万4000石しかない越後の小藩にとって、すべての財をうってこの二門にかけたと言えよう。そして、長岡藩は新政府軍と互角以上の戦いを繰り広げることになる。

政治家であり、商人であり、戦略家である河井の才は、後世「西に坂本龍馬あり、東に河井継之助あり」と言わしめた。

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この長岡という街は、日本の歴史の中でも稀有な街だ。北越戦争で街は壊滅し、第二次世界大戦では大きな空襲にあった。原子爆弾も落とされる候補にもあがった街だ。その後、中越地震で3度目の壊滅を経験することになる。その都度、廃墟と化したこの街はどん底から這い上がった。全国的にも有名な長岡花火は、歴史を弔い、未来を照らすために今年も8月の夜空に舞った。

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