M's diary - 日本から世界へ -

~日本、世界、社会を考えるブログ~

坂の上の雲へ

まるで違う街についたようだ。想像以上の大変化だ。

 

15年以上も前に大連という街を訪れた。どことなく欧州の香りのする不思議な街。かつてロシアが街を統治していた時代の名残だ。この街はその後、日本の統治、そして満州の時代を経て、現在は中国の大都市として発展を続けている。空から眺めたその街の発展ぶりは、15年前とは比べ物にならないほどに近代化していた。文明が短い時間で街の様相を大きく変貌させた。

僕の中国東北地方(旧満州)の旅が今日始まった。日本人としてこの目で確かめてみたい様々な事実。時間の経過とともに、中国人、そして日本人の間でも薄れていく史実をこの5日間の旅で再検証・再確認してみたい。

初日の行先は旅順。そして203高地。司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」を読んだ人には説明はいらない。かつて日本とロシアが激戦を繰り広げたこの地へ訪問することも日本人としては意味が深い。

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無敵と言われた要塞、旅順港。

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戦局を覆し、日本を勝利へ導いた280ミリ榴弾砲。

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日本軍1万人、ロシア軍5000人の犠牲を払って、日本が獲得したこの高地から日本はこの榴弾砲で旅順港に浮ぶロシア艦隊に向けて砲弾を浴びせた。南から迫るロシアのバルチック艦隊が到着する前にこの旅順港をおさえられたことが、日露戦争における日本の勝利の要因の一つだ。

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日露戦争勝利のモニュメント。

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近代化した大連の街

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f:id:Ahead-of-the-Curve:20170829082150j:plain物事には背景がある。歴史にはストーリーがある。日本が歩んだ中国東北地方の歴史を一歩ずつ紐解いて行こう。