M's diary - 日本から世界へ -

~日本、世界、社会を考えるブログ~

日本人

きっと、1ヶ月もすれれば舛添氏のことは、綺麗さっぱり忘れさるだろうね。メディアは次のネタを追って奔走し新しい獲物をアジテートしているだろうし、国民もまた新しいメディアに見事に誘導されているだろう。

 

でも、この現象ってきっと日本人に限らずどこの国も一緒だと思う。冷めやすく熱しやすいのは、きっと他の国も一緒。一緒に盛り上がり、時間が立てば忘れてしまう。

 

でも一つ疑問に思うのは、何で日本の政治家ってこんなに頻繁に変わるのか?ということ。今回は東京都知事だけれども、歴代の内閣総理大臣はもっとひどい。現在は安部政権が長期政権として存在しているけれど、歴史を辿れば交代劇がなんと多いことか。この点は明らかに他の国々の政治・政治家と違うよね。

 

何が違うのだろう?きっと責任感は皆同じように持ってやっているだろうし、それは他国と変わらないと思う。日本人政治家は脇が甘い?FACTから見ればその点は否定できないけれど、そんなの脇をもっと閉めなさいとしか言えない。

 

根本的にあるのは、日本人として文化だと思うのだよね。切腹であったり、潔く散る、みたいな。本当に成さねばならない大事ははさておき切腹することが美学であり、それ自体が目的化される。そしてその潔さを国民も評価するみたいな。

 

変な循環だよね。だって、ちょっとミスしたらその人が成し遂げたこと、成し遂げようととしていることをすべてすっ飛ばして、潔く散ることを求めちゃう。そして皆案の定切腹しちゃう。そして再起のチャンスは限りなく少ない。

 

きっと日本人のこの国民性というか性は変わらないだろう。

これまでもこれからも。

でも、世界と戦うときは、この独特な精神は通用しないよね。

 

と思うのである。