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M's diary - 日本から世界へ -

~日本、世界、社会を考えるブログ~

天下になくては成らぬ人になるか、有ってはならぬ人となれ

歴史 地方・地方経済・地方復興

この1か月、司馬遼太郎の「峠」を数年ぶりに読み返していた。我が郷里、新潟県長岡の英雄、河井継之助の物語。7月とは長岡にとって忘れられない月。それが峠を再び手に取った理由の一つ。歴史が動いたのは7月29日。

 

おそらくこのブログの読者は、河井継之助のことは聞いたこともないかもしれない。それもそうだ、彼は維新後の日本を創った薩長に真っ向勝負を挑んだ男。要は、時代性からみれば逆賊。明治以降の歴史人物として全国的に残らなかったにも理由がある。でも、その風雲児ぶりは、坂本龍馬を僕は超えていると思う。継之助は、新政府軍にもつかず、旧幕府軍にもつかず、長岡を独立国家にしようと考えた。彼の物語は、到底このブログのスペースで書ききることなどできない。彼の合理性、先見性、瞬発力、戦略そして何よりも勇気と行動力。同じ越後人として、彼のことを考えるといつも胸が熱くなる。

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 継之助の言葉


◆天下になくては成らぬ人になるか、有ってはならぬ人となれ、沈香もたけ屁もこけ。牛羊となって人の血や肉に化してしまうか、豺狼となって人間の血や肉をくらいつくすかどちらかとなれ。


◆人間というものは、棺桶の中に入れられて、上から蓋をされ、釘を打たれ、土の中へ埋められて、それからの心でなければ何の役にも立たぬ。


◆人というものが世にあるうち、もっとも大切なのは出処進退の四字でございます。そのうち進むと出づるは人の助けを要さねばならないが、処ると退くは、人の力をかりずともよく、自分でできるもの。拙者が今大役を断ったのは退いて野におる、ということで自ら決すべきことでござる。天地に恥ずるところなし。


◆人間万事、いざ行動しようとすれば、この種の矛盾が群がるように前後左右に取り囲んでくる。大は天下のことから、小は嫁姑のことに至るまですべて矛盾に満ちている。この矛盾に、即決対処できる人間になるのが、俺の学問の道だ。


◆何でもよい、一つ上手であればよいものだ。煙草延しでも、上手でだければ名人といわれる。これからは何か一つ覚えて居らねばならぬ。


◆一年も居馴れてしまえば、ちょうど冬の寝床のように自分の体温のぬくもりが江戸という寝床に伝わってしまう。そうなれば住みやすくはあるが、物を考えなくなる。寝床は冷ややかなほうがいい。


◆不遇を憤るような、その程度の未熟さでは、とうてい人物とはいえぬ。

 

長岡という街は実に悲しい運命をたどってきた街。河井継之助がいた、存在してしまったが故に、大きな戦争となったしまった。彼がいなければ戦争など起こらず、他の日本全国の藩と同じように有利な方へすぐ鞍替えしたことだろう。継之助は侍として裏切ることをしなかった。後世、この街からは山本五十六も生まれている。そして、彼がいたために、アメリカから大空襲を受けることになる。そして、2004年には中越地震が長岡を襲った。毎年8月2日に上がる三尺玉の花火とは、長岡が歩んだ歴史への追悼と復興への願いなのだ。

 

僕は、8月に継之助の人生を辿る旅を計画している。

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