M's diary - 日本から世界へ -

~日本、世界、社会を考えるブログ~

香港へ

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香港へ一泊二日の弾丸出張。相変わらず思う。この街は本当に人種のるつぼであり、資本主義の結晶。大国の狭間で逞しく生きてきた街。

でも、少し元気がなくなってきたかな。それははっきりと感じた(肌感覚では2014年がピークだ)。上海が香港をreplaceする。そんな空想が現実化する時が来るかもしれない。時代は変わっていく。人類がこれまで経験してきたように。

 

弊店で、3か月振りのSAKE pairing.

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アナリスト

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本日の日経新聞の記事。曰く、規制強化で企業調査が難しくなり、業績を予測する従来の手法が通用しなくなったと。

かつて自分自身がアナリストだった時代のとある場面のことを思い出した。決算説明会のこと。確か外資系のアナリストだ。「情報を開示してください!来期の予測を開示してください!そうしないとレポートが書けないじゃないですか!」。別にアナリストの苦境は今に始まったことではない。古今東西、この手のアナリストは存在している。そして逆もしかり。凄腕のアナリストは、静かに哲学者のようにコツコツと分析を続ける。人前には出ない。仙人のように熟考を続け、攻めるときは怒涛のように攻める。業績を予測する従来の手法が通用しなくなった?そんな普遍的な手法などはそもそも存在しない。していたらマーケットは存在しない。

さて、凄腕のアナリストとはどういった人物か?様々な人が存在するけれど、共通することは、皆表面的な情報に見向きもしない。新聞すら読まない人もいる。逆に歴史や哲学であったり、宇宙物理学であったり、そういったことを猛烈に勉強している。そして、社会の方向性や、環境、人類が今後どのよう変わっていくかを深く考える。四半期先の情報開示がなくて、ごちゃごちゃ騒いでいるアナリストとは格が違う。むしろそういったアナリストが苦境に陥るのは当然のこと。

 

「広く、深く、遠く」

 

僕の恩師であり、まさに仙人のようなアナリストが教えてくれた言葉。今でも僕のバイブルだ。

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栄枯盛衰

過去に栄光の時代を歩んだ日本の大企業が、近年、一転凋落の道を辿り、買収あるいは倒産危機に直面するという話を頻繁にメディアから耳にする。液晶で世界を席巻したシャープは台湾企業に買収された。自動車業界の名脇役として同じく世界で君臨したタカタは瀕死の状態。そして日本を代表する重電企業東芝も、現在企業解体の最中になる。

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かつて、僕は投資会社でこれらの3社全てに投資していた経験がある。当時は大きな利益を生んでくれた親孝行な企業だった。シャープが三重県の亀山に乾坤一擲の勝負をかけて世界に先駆けて液晶市場を創りだしたときは、その”覚悟”そしてその日本再興の物語に大きく沸いたものだ。東芝がウエスチングハウスを買収し日本での経験を活かし世界の原発市場に勝負をかけたときも、判断を下した当時の西田社長には感銘を受けたものだ。

しかし時代は変わる。しかも非連続に、無常に。歴史には「もし」がつきものだが、「もし、あのとき・・だったら」といったような、たった一つの事象が数年後の世界の様相を変えてしまうことは人類はこれまで幾度も経験してきた。例えば、3月11日に大地震が起こらなければ、あるいは仮に起こったとしても、福島に津波がこなければ、現在の世界の原発市場の様相は大きく変わっていたかもしれない。世界で最も原発を経験する日本の技術は、世界へ輸出されて、原発大国日本として、日本ひいては世界経済に大きな貢献をしていかもしれない。しかし、現実は現実であり、東芝はそこから凋落が始まった。メディアは、現在の企業解体のイザコザに対して過去の経営陣の経営責任を謳うけれど、きっと3月11日がなかったらそんな話にもならなかったかもしれない。

そう考えると、時代・世代を乗り越えて企業を経営していくこととは本当に大そうなことだ。そもそも、国だって頻繁に”倒産”を繰り返している。日本で言えば1945年の戦後から。中国だって1949年だ。史実として、組織を時代・世代を乗り越えて営んでいくことはそれだけに難しい。

かつて、GEが電球屋だったこと、トヨタが織物屋たったこと。最近では、富士フィルムの化粧品事業へのシフトも面白い。ここから学べる史実とは「進化力」・「変化力」に尽きる。経営者には様々な責任が問われるけれど、最終的に重要なことは、自由な意見が生まれてくる土壌や企業文化を育み、現状や前例(status quo)にとらわれることなく瞬時に変化してしまう決断力と行動力なのではないだろうか。それが歴史から学べることの一つだと思う。

 

最近の老舗企業のニュースを見て、ふとつぶやいてみました。

have a nice day!

 

ブラタモリ

最近、地政学について勉強している。川、山、海、そして大地の地形がその地の経済にいかに大きな影響力を及ぼしたのか。そこには想像以上に深い相関性がある。皆さんも知っていることではあるけれど、エジプト文明をはじめとした世界の4大文明とは、そこに大河が存在したことが繁栄の礎となっている。川があるから、水があり灌漑ができる、魚も捕れる。そして何よりも川でモノを運べる。人とモノが動けば経済は発展する。実は、「そこに川があったから」という単純な因果関係が世界の歴史を形作った。最近は、地政学に関する様々な本が出版されているけれど、僕のおすすめはこちら。非常に深い本です。参考まで。

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さて、以上は前置き。ここしばらく、僕は「ブラタモリ」をずっと見ている。YouTubeでも見れるから僕自身繰り返し見てる。ブラタモリ?ときっと知らない人も多いことだろう。でも、面白いことに、最近この番組が下記のように各種団体・機関から表彰されるなど注目を浴びている。

日本各地の地形がその後の歴史形成に対して、どのような因果関係をもっているのか。そのロマンをタモリさんと専門家とで全国を旅するという番組。そこには自分の知らない日本たくさん詰まっていて非常に面白い。 

世界を知ることはもちろん大事。そして日本の文化・サービス・モノ・ことをあらゆる形で世界に発信することは日本という国が生きていくためには避けては通れない道だ。だからこそ日本のことをもっと知る必要がある。「日本から世界へ」と題してブログを書いている自分だけれど、日本をもっと勉強する必要がある。それは僕の率直な思いだ。

grapee.jp

nlab.itmedia.co.jp

 

沖縄陥落から72年

6月23日。本土の人はあまり気にも留めないだろう。若者たちは、その事実すら知らないだろう。でも、72年前の今日、沖縄戦は終了した。この戦いがどれほどの惨劇だったかを知る日本人は少ない。 

www.youtube.com

僕は、幼少のころから祖父に戦争の話をずっと聞いて育った。沖縄という地が最後まで日本の防波堤となり戦ったということを。そんなことをずっと幼少のころから聞かされたこともあり、大人になってからは何度も沖縄を訪れた。太平洋戦争の沖縄戦で米軍が最初に上陸した激戦地である慶良間諸島も訪れた。そんな旅を何度も繰り返した。バカンスではなく、戦争の傷跡をこの目で確かめるため。

 

その都度、沖縄の大地の静けさ、空の青さ、透き通る海、そして人々の温かさに心を打たれたものだ。今年は、沖縄にもう一度いきたい。

 

平和と呼ぶには遠く 歴史にするには早く 

What will you do if this is your last day of your life?

闘病生活を続けてきた小林麻央さんが亡くなった。僕は男であり乳がんの怖さを知らない。自分の周り・親族にも乳がんに侵された人はいない。だから僕は、その本当の恐ろしさを知らない。でも一つはっきりとわかる。彼女は死にたくはなかったはずだ。小さな子供たちを残し先立つことがどんなに辛かったことか。彼女は、死を目前にしながらも前向きにブログを書き続けた。内心はどんなに怖かったことか。日に日に迫る”死”というものを感じながら、最後まで必死に生きぬいた彼女の精神を考えると本当に胸が痛む。僕よりも年下の34歳。まだまだ人生はこれからだった。

小林麻央オフィシャルブログ「KOKORO.」Powered by Ameba

  

What will you do if this is your last day of your life?

今日が人生の最後の日だったら何をするか?

 

死はどんな人にでも必ずやってくる避けては通れない道だ。それが”いつか?”その違いに過ぎない。

 

What will you do if this is your last day of your life?

目を閉じて自分の人生を、これからの歩みを今一度考えてみようと思う。

 

真夜中の〆

大阪へ出張。仕事を終え、知人と会食後、「面白い店があるから」と連れて行ってもらったのは、手打ちうどんの店「香川」。どうやらここのカレーうどんが相当においしいらしい。飲んだ後の〆。やってはいけないとわかりながら、やめられない日本の文化。

到着して衝撃的な光景を見にすることになる。既に真夜中を優に過ぎているのに玄関の前には長蛇の列だ。皆「〆」を求めて夜な夜な集まっている。新地という場所柄、客層は様々。でもこの味を求めてやってくる。そんなお店。

30分程度たって入店。そこには凛とした空間が僕を待ち受けていた。高級店の香りだ。4名の職人さんが真夜中にもかかわらずテキパキ働いている。注文したのはおでんとカレーうどん。最高の出汁、最高の味。

つくづく思う。繁盛する店は、クオリティーに絶対的にこだわっている。当店も職人さんが真夜中でも正装して4名稼働。効率というよりはむしろ非効率だ。でも、そこから生まれる味や世界観に人はあつまり長蛇の列をなす。でも、香川がビジネスを拡大したらきっとこの現象は起こらないだろう。希少性とストーリー性に人は集まる。ビジネスの拡大と人気とは常に逆相関だ。

そんなことを思いつつ、出汁のきいたカレーうどんを五臓六腑にしみ込ませた夜。

 

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「新地 香川 うどん」の画像検索結果

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Journey of 2 years

あれから2年がたった。あっという間?そうは感じない。現実は限りなく濃厚な2年。しかも困難しかなかったように思える。予測不能な困難が次々に襲いかかってきた。これでもか!というくらいにもがいた末、やっと漕ぎ着けたOPENだった。そしてそこから悪魔のいたずらに放浪され続けていくことになる。 

ahead-of-the-curve.hatenablog.com

それでも、あれから2年。僕たちが、香港という地にSAKE ペアリングという新しい文化を根付かせた、その先兵となった自負はある。多くの人が集まり口コミで伝播していった。そして多くのメディアの注目を集めた。その躍進は、ひとえに現地で新しい世界の創造に挑み続けたチームの日々の努力があってこそ。この場を借りて、チームメート全員に感謝したい。

そして僕自身も失敗ばかりだったけれど、少なからず成長はできたと自負している。手前味噌ながら、パートナーも組まずいきなり海外に乗り込む、しかも競争激しい香港という街に飛びことむことは、今考えれば無謀ではあった。でも、その無謀があった分、勉強も沢山できた。海外で事業をするということはどういうことなのか。教科書や学校では決して学べない経験ができた。高い代償がついたのは事実だけど、本当にアクションからしか何も生まれない。心底そう思う。

今日は、2周年を祝すために香港へはいけなかったけれど、日本から感謝とエールを送ることにしよう。

 

そして3年目が始まる。

昭和の旅人

今宵は通称「謎の店」と呼ばれるこちらへ。(最近食レポが多いのは認める)。

www.hotpepper.jp

感想。ズバリ突き抜けている。まず、ここで食するためには下記のルールをはじめに読みそれに同意しなければならい。そして、いくら食べても飲んでも3000円なのだ。かといって材料もしっかりしていて抜群に美味しい。さらには、スタッフではない方がギターを弾いて、そこで副業をしている(笑)。だけど、素晴らしく歌がうまく、皆で大合唱(大空と大地の中でetc)

 

安いが故に食べ盛りの大学生の集団がいたり、近所のシニアなおじさん集団がいたり、僕のとなりには全く日本語が話せないスペイン人のカップルがいたりと、他の店では経験することができないコンビネーションだ。そして、常連のお客さんが新鮮な野菜や食材を持ってきたり、それを調理して他のお客さんに配ったりと、そこには自治コミュニティーが形成されている。そしてその日初めて出会った皆で合唱する。そんな不思議な店。人とのふれあいや、温かさ、親しみ、気楽さ、そういった形容詞が次々に脳裏に浮かぶ昭和のお店。

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最後は、創業者である天野さんと語る。勢いづいて2軒目のバーまでご一緒させていただいた。「失敗したらしたで、またゼロの位置に戻って、やり直せばいい」。天野さんのメッセージ。

 

是非このお店tryしてみてください。

素敵な日曜日

日曜日。銀座でトアル会合を。おでんの最近ハマっている僕のために、参加者の一人が、わざわざ日曜日も営業しているおでん屋を予約して招待くださった。

www.ginzayasuko.com

手前味噌ながら、これまで東西南北様々なおでんを食べてきたけれど、当店のTOP3に入る絶品の味と出汁だ。おでんマニアの方には是非おすすめの一店。

 

当日は、とある目的があって4人でおでんを囲みながら語りの場を設けた。僕は、3人と食事をするのは始めてだけど、その3人はとある会社の幹部で皆少年のように仲が良い。「素敵な会社、素敵な仲間」。それが僕の率直な感想だ。

 

人生の旅路では様々な困難がある。でも、その困難の中に身を”あえて”置いていかないとそこに成長はない。まさに、Life begins at the end of our comfort zone. でも、そんな環境下でも、信頼できる仲間や、楽しい仲間がいることは重要だ(実際、殺伐とした環境、信頼のない環境でいかにしてVALUEが生まれようか)。そしてその環境を構築・デザインし、実現する経営者も素敵だ。おでんをかみしめながらシミジミと「働く仲間、働く環境」というものを考えた夜となった。

 

たまごと白滝が美味しかった。

 

さて、明日は朝が早い。

 

素敵な土曜

土曜日。友人Pと赤坂の老舗の割烹料理店で食事。初めて訪れるお店だけど、ミシュランでも一つ星を獲得している知る人ぞ知る名店とのこと。友人は日本をこよなく愛し、日本酒をこよなく愛する日本マニアのアメリカ人。どうしてもこちらのお店の日本酒を僕に紹介したいとのことで当店での集いとなった。案の定、女将さんも日本酒に詳しく、おいてある銘柄も面白いものが多い。友人は、自分がいかにSAKEマニアであり、自分の舌がいかにUMAMIを感じることができるか、を延々と僕に語りながら、日本酒のグラスはあいていった。

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彼はNY出身。幼少のころに自分の家で日本人がホームステイをしたことが日本を知る切欠になったそうな。以来、日本へは何度も訪れ日本にはまっていく。1999年に日本に来日し、当時の「駅前留学NOVA」で英語の先生として日本での生活を始めた。その後、日本でオンラインでの語学学校を創業。 現在では、30か国以上の言語学習プラットフォームを提供し事業は成長を重ねている。

帰り道、赤坂にある彼のオフィスを訪れた。休日のため誰もオフィスにはいなったけれど、50席程度の机とパソコンが並び、事業の成長を伺うことができた。彼は今、赤坂から多国語のレッスンを世界に向けて発している。

www.innovativelanguage.com

日本という外国人には閉鎖的な国で事業を起こし、ここまで来るまでには数えきれない紆余曲折があった。それでも屈することなく、今日の繁栄を築いただけのだけのことはある。そのバイタリテイーや、物事の考え方は、良い意味で普通ではない。

 

さてさて、前置きが長くなりました。語学に興味ある方は、是非サイトを覗いてみてください。

新潟からトマトが届いた:都市と地方をかきまぜる

以前こんな記事を書いたことがある。現在は、実際に僕自身「食べる通信」の購読者となり、定期的な配達を楽しみにている読者兼食者の一人だ。

ahead-of-the-curve.hatenablog.com

さっそく、トマトにかぶりついてみたが信じられないくらいに甘い。

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雑誌の中には、生産者の「ストーリー」が語られている。面白いもので、舌の上の味覚に加えて、その生産者をイメージして食べるとトマトの味もまた変わる。「生産者のことを思いながら食べる。生産者に感謝して食べる」という、かつては当たり前のことだったことが、現代社会では稀になった。でも、シンプルな事実だけど、生産者の思いとつながった方が美味しい。

 

現在、試しに「新潟食べる通信」を購読してみたけれど、他の地方の通信にも興味がわいてきた。let's try!

夢を追え

昨日、香港チームの一人が卒業した。

日本から異国の街香港へ乗り込み創業。そして、最初にチームメートとして迎え入れた香港人の仲間。弊店が進化していく過程を一緒に経験した数少ない同志だ。自分の中でやりたいことがあり、そこに向かって挑戦するとのことだ。

出会いがあれば、別れもある。別れがあれば、出会いもある。昨日は、香港チームでささやかな壮行会が開催された。僕は日本にいるために残念ながら参加はできなかったが、彼への感謝の気持ちは現場の皆と同じくらいに大きい。

 

L、

あなたがいたから今がある。

今まで本当にありがとう。

 

その先へ

プライベートな話にはなるが、徒然なるままに日記を書こう。

 

ウォートンスクールの大先輩でもあり、仕事上でも様々にお世話になったNさんが一度自身のキャリアに区切りをつけて、新しい道へと今日旅立った。様々な葛藤もあった事だろう。その深い部分は本人にしかわからない。先に進む者、先を歩む者にしかその重みはわからない。でもそれ以上に、50半ばになってもまだ進むことを止めない彼の姿、その飽くなき挑戦心に深く感銘を受けた。

 

彼の壮行会中、こんな言葉を僕に投げかけてくれた。

「僕は先に行く。先で待ってるよ。」

 

奇しくも、彼へのギフトとして用意したものは「獺祭 -その先へ」。獺祭で大成功した朝日酒造が、さらなる挑戦への覚悟と証として作ったお酒。

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いかに困難が予想されても、

いかに現在が心地よくでも、

その先へ、

我に安住の地は無し。

 

Nさん、これまで本当にありがとうございました。

またお会いしましょう。

その先で。