M's diary - 日本から世界へ -

~日本、世界、社会を考えるブログ~

空き家

昨日、僕の実家で増加する空き家の現実の話を書いた。奇しくも今日日経新聞にこんな記事があった。現在日本では820万戸の空き家が存在し、これからその数は2033年にかけて3倍にまで達するという。現実的にはその多くは何もしなければ時間の経過と共に朽ちていくだろう。一方、インバウンドの急増の中で、ホテルや旅館の数が足りないという相反する現実的な問題が浮き上がってきている。Airbnbはじめ、規制緩和を通してこれから不稼働資産の有効活用も徐々にこの日本でも進みそうだ。しかし、その空き家にしかとブランディングを施し、事業として進めているプレーヤはまだ少ない。とはいえ、既に先駆者も存在する。バリューマネジメント里山十帖。今後の活動には注目だ。

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農村の眺めは美しい

お盆。お墓参りをしなら一枚写真をとる。我が先祖のお墓は高い丘の上にあり、見晴らしいは最高だ。そこには懐かしき田園と農村の風景が存在する。これぞ「田舎」といえる僕にとっては一級の眺めだ。

一方、風景から見える美しさとは裏腹に、この地で生を営むことは決して楽なことではない。これといった産業もなく、田園は広がるが米作だけで生きていける時代は遠い昔に終わった。美しい田園の風景?これは人が生活を営むことができるから存在する人工的な風景だ。人の生活がなくなればこの風景は野生に戻る。この地に限らず、このような野生への回帰という臨界点に直面する集落は日本には数戦も存在する。

久しぶりに帰省して驚いた事実がある。この小さな集落に二つの空き家が生れてしまった。「あっ」という間の出来事だった。様々な事情もあるだろうが、先祖から受け継いだ家を離れ、他の地へ越してしまった。でも残された家はまだ立派だ。人だって十分に住める。でも、このまま人の手から離れれば、やがて木が生い茂り野生に戻っていくだろう。小さな農村で今日生じている厳しい日本の現実だ。

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今日、こんな記事が日経新聞にあった。主旨は、外国人観光客は、都心部への訪問から、次は地方への旅行外国人者も増加してきいるということだ。大都会を経験した旅行者が、リピーターとして、日本の地方へも訪れる。自然な流れだ。是非このチャンスをつかみたい。

上述のように、僕の田舎には空き家が確実に増加してきている。中にはまだまだ建物としても素晴らしいものも存在する。そういった”田舎の日本の生活”自体を”経験”として提供してみてはどうか?。もちろん、1週間~2週間といった長期滞在型でじっくりその地を堪能してもらう。食事はその土地の人(イメージ的にはおばあちゃん)にその土地の食材をふんだんにつかって作ってもらう。夜は、出張シェフに来てもらい、和食のフルコースを目の前で作ってもらおう。顧客の少ない自店で顧客を待つよりは、ニーズのあるところにピンポイントで合わせる。単価が高ければ経済的にも合理的だ。他方、土地は余っている。ならばそれも活用しよう。その土地で米を一緒に育てたり、野菜を一緒に育てる。一緒に稲を植え、畑に種をまき生を授ける。生育の管理はその土地の人が担う。そして収穫時にまたリピーターとして再来してもらう。更には、取れたコメでお酒を造り(一緒に仕込む)その次の年に来てもらう。登山をしたり、山菜をとったり、魚を釣ったり、キノコをとったり、”田舎”のゆったりとした時間を堪能してもらう。その活動すべてに、その土地の人はインストラクターやガイドとして貢献してもらう。大きな設備投資なく既存のインフラを利用し雇用が創造できる。結果的に文化は継承できるし、農村の美し風景も維持される。あとは、これを具体的にどうやって実行するかだね。Start small。 まずは、現在空いている空き家を少しだけ改装して、最小限の投資で 開始するのが重要だね。これは僕自身の構想でもあり、実現したい夢でもある。

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民は国の本、吏は民の雇

キャンプ場から実家へ帰省する道中、どうしても立ち寄りたい場所があった。いつかは行ってみたいと思っていた場所。かつての長岡藩家老、河井継之助記念館だ。

河井継之助のことを知る人は全国的には少ないかもしれない。だが、幕末に彼がとった行動は明治維新に大きな足跡を残した。南から迫る薩長の新政府軍。そして忠誠を誓ってきた徳川幕府の間に挟まれ、長岡の民を守るために彼がとった行動は、永世中立国として長岡を独立させ、戦争の回避を訴えることだっだ。だが、新政府軍は河井の中立の姿勢を受け入れなかった。河井は民を守るため、そして侍として意を決し、新政府軍と戦争(北越戦争)を迎えることになる。圧巻なのはその戦略だ。当時日本に3門しかないガトリング砲2門を横浜の外国商人から購入して戦争に向かう。当時8万4000石しかない越後の小藩にとって、すべての財をうってこの二門にかけたと言えよう。そして、長岡藩は新政府軍と互角以上の戦いを繰り広げることになる。

政治家であり、商人であり、戦略家である河井の才は、後世「西に坂本龍馬あり、東に河井継之助あり」と言わしめた。

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ahead-of-the-curve.hatenablog.com

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この長岡という街は、日本の歴史の中でも稀有な街だ。北越戦争で街は壊滅し、第二次世界大戦では大きな空襲にあった。原子爆弾も落とされる候補にもあがった街だ。その後、中越地震で3度目の壊滅を経験することになる。その都度、廃墟と化したこの街はどん底から這い上がった。全国的にも有名な長岡花火は、歴史を弔い、未来を照らすために今年も8月の夜空に舞った。

www.youtube.com

 

 

活きた緑

都会砂漠を離れ、癒しの旅へ。と言いたいところだけど、結構本格的なキャンプでテントの準備に2時間以上、料理もつくったりとヘロヘロになりながら、活きた緑を目と肺と身体で吸収した。都会で積もった様々なホコリも掃除された気分だ。

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五十沢キャンプ場

もちろんキャンプ用品は新潟が世界に誇るSnow Peak

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お昼は、知る人ぞ知る地元の名店「薬師」へ。案の定、お盆時だからか、1時間も待って入店。新潟が世界に誇る「へぎそば」だぜ。

www.welcome-uonuma.com

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田舎が五臓六腑に染み込む。

卒業・感謝・変化

僕はいくつかの組織に携わってきた。そして本日をもって、5年近く属した一つのチームを離れることになった。そう、卒業だ。9月から新しい海原に向けて舵をきるためだ。5年も携われば様々なこともある。最後のスピーチでは、思わず涙が出そうになった。仲間たちからは僕の好きなワイン”BAROLO”をいただいた。みんな良い人たちだ。泣かせるぜ。感謝しかない。今まで本当にありがとう。

 

不怕慢就怕站

中国のことわざ。

直訳すれば、遅くなることを恐れてはいけない、立ち止まることを恐れよ。

たとえ時間がかかっても、変化をすること恐れてはいけないということだ。

 

これからも、変化を恐れずに歩んでいきたい。

自らが変化となることを心掛けたい。

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仕事の極意

Business insiderのこんな記事が目にとまった。Airbnbのチェスキー・ブライアンCEOの記事だ。破竹の勢いで成長する同社の価値はすでに310億ドル。今後更に世界のホテル業界、あるいは旅行業界に影響を及ぼしていくことだろう。

そんな忙しい彼も一人の人間。時間は有限だ。そんなチェスキーさんの仕事術が記事の中に記してあった。これを同氏は毎朝実施して一日を過ごしているとのこと。一見単純なことだけれど、日々の継続は大きな違いを生むだろう。日々複雑系の中でテンヤワンヤに生きる人と、シンプルな戦略とシステムをもって時間を過ごす人とではROIに大き差が生れるだろう。

ここに共有したい。

  • その日を達成したいすべてのリストを作成します。 可能な限り網羅的であること。
  • いくつかの同様のタスクをグループ化すること。
  • 各グループについて自分自身に尋ねよ:これらのすべてを1つの行動で処理しますか? 
  • 大きなタスクに集約されるまで、グループ化と洗練プロセスを繰り返す。

www.businessinsider.com

曰く、「20項目のリストがあれば、「20のことをする必要がない」と気づくことになります。 「私がこれらの3つの大きなことをするならば、他の20の事柄が結果や成果として起こるだろう」。

 

穴について考える

知人の紹介により、とある”本イベント”に参加。場所は下北沢にある本屋 B&B。メディアにもよく取り上げられ、本愛好家の中では”聖地”的な場所らしき場所。そして今宵は、「穴」を考えるべくこちらのイベントに参加した。

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友人からの突然の紹介で、わけもわからず参加したのだが、実際に参加してみるとその内容は想像を遥かに超えて面白い内容だった。経済学、歴史学、物理学、言語学、そして哲学的視点でこのドーナツの穴とは何かを著者でもある二人の研究者が「穴」についてあらゆる角度から論じるのだ。たかが穴、されど穴。話す内容はインテリジェンスに満ちていて、僕自身この「穴」から生まれる様々なストーリーにどっぷりと聞き入ってしまった。そもそもドーナツの「穴」とは存在しているのか?穴はモノなのか?存在していなかったら、なぜ穴の数を数えられるのか?といったように。

でも、このスピーチの内容もさることながら、もう一つの驚きのファクトは、参加者が非常に多く若かったということだ。場内もほぼ満席だったのではなかろうか?開催時間が20時ー22時と決して早くはないにも関わらず、若人が夜な夜なあつまり、穴について真剣に考えている。面白い世界が存在するものだ。この光景を一歩下がってみると異様な光景にも見えたに違いない。早速、僕もevent内で「失われたドーナツの穴を求めてを」購入。もう一度穴についてしみじみと考えてみよう。

 

一歩知らない世界に足を踏み出すとそこには全く新しい世界が存在する。今宵は、自分の無知さや思考の狭さを改めて痛感した。どうやら、本屋B&Bでは、定期的にこのような本イベントを開催しているようだ。今後も積極的に顔を出してみよう。

新しい一歩へ

随分と筆が止まっていた。徒然なるままに日記を書こう。

 

7月は本当にタイトだった。香港始め、多くの出張があったことがそもそもの所以だけれども、今後の人生に対していくつかの重要な決断をしたことも7月をより鮮明な月にした。これから様々なことが起こってきそうだ。でも、何事もアクションからしか始まらない。「走りながら考える」これは僕が大事にしていること。「90%や100%ではなく、60%でアクションをかける」。僕は結果的にその方が目標に早くリーチできると思うし、常に自分自身をそれを意識して歩んでいる。

もうすぐ8月だ。少しだけ夏休みが取れそうだ。そこで今一度様々な整理をしたいと思っている。生活にはリズムが必要だ。リズムをつくり、継続して実施していくことが重要だ。8月を通し、二つほど自分の生活の中で再強化したいことがある。それは読書量を強化してアウトプットを強化すること。そしてもう一つは中国語だ。ちょうど一年前まではかなり練習していたし、実際かなりしゃべれていたが、この1年間は時間をさけなかった。今一度勉強を開始しよう。そして、予定では8月には中国は東北地方へ数日ではあるが旅行をしてこようと思っている。行先はかつて「満州」と呼ばれた土地だ。日本軍の侵したことは否定もできない悪行だが、日本人として、やはり一度訪問し、かつての日本人が描き、創造した世界をこの目で見たいという気持ちからだ。大連、瀋陽(かつての奉天)、長春(かつての新京)、そしてハルピン。この四つの街を歴史をたどりながら電車で旅をするという計画だ。

さて、本当に徒然なるままに筆を走らせたけれど、8月、そして9月、どうやら新しいことが始まりそうだ。引き続き、この場を借りてその旅路を皆さまに報告させていただけたらと思う。

香港へ

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香港へ一泊二日の弾丸出張。相変わらず思う。この街は本当に人種のるつぼであり、資本主義の結晶。大国の狭間で逞しく生きてきた街。

でも、少し元気がなくなってきたかな。それははっきりと感じた(肌感覚では2014年がピークだ)。上海が香港をreplaceする。そんな空想が現実化する時が来るかもしれない。時代は変わっていく。人類がこれまで経験してきたように。

 

弊店で、3か月振りのSAKE pairing.

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アナリスト

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本日の日経新聞の記事。曰く、規制強化で企業調査が難しくなり、業績を予測する従来の手法が通用しなくなったと。

かつて自分自身がアナリストだった時代のとある場面のことを思い出した。決算説明会のこと。確か外資系のアナリストだ。「情報を開示してください!来期の予測を開示してください!そうしないとレポートが書けないじゃないですか!」。別にアナリストの苦境は今に始まったことではない。古今東西、この手のアナリストは存在している。そして逆もしかり。凄腕のアナリストは、静かに哲学者のようにコツコツと分析を続ける。人前には出ない。仙人のように熟考を続け、攻めるときは怒涛のように攻める。業績を予測する従来の手法が通用しなくなった?そんな普遍的な手法などはそもそも存在しない。していたらマーケットは存在しない。

さて、凄腕のアナリストとはどういった人物か?様々な人が存在するけれど、共通することは、皆表面的な情報に見向きもしない。新聞すら読まない人もいる。逆に歴史や哲学であったり、宇宙物理学であったり、そういったことを猛烈に勉強している。そして、社会の方向性や、環境、人類が今後どのよう変わっていくかを深く考える。四半期先の情報開示がなくて、ごちゃごちゃ騒いでいるアナリストとは格が違う。むしろそういったアナリストが苦境に陥るのは当然のこと。

 

「広く、深く、遠く」

 

僕の恩師であり、まさに仙人のようなアナリストが教えてくれた言葉。今でも僕のバイブルだ。

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栄枯盛衰

過去に栄光の時代を歩んだ日本の大企業が、近年、一転凋落の道を辿り、買収あるいは倒産危機に直面するという話を頻繁にメディアから耳にする。液晶で世界を席巻したシャープは台湾企業に買収された。自動車業界の名脇役として同じく世界で君臨したタカタは瀕死の状態。そして日本を代表する重電企業東芝も、現在企業解体の最中になる。

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かつて、僕は投資会社でこれらの3社全てに投資していた経験がある。当時は大きな利益を生んでくれた親孝行な企業だった。シャープが三重県の亀山に乾坤一擲の勝負をかけて世界に先駆けて液晶市場を創りだしたときは、その”覚悟”そしてその日本再興の物語に大きく沸いたものだ。東芝がウエスチングハウスを買収し日本での経験を活かし世界の原発市場に勝負をかけたときも、判断を下した当時の西田社長には感銘を受けたものだ。

しかし時代は変わる。しかも非連続に、無常に。歴史には「もし」がつきものだが、「もし、あのとき・・だったら」といったような、たった一つの事象が数年後の世界の様相を変えてしまうことは人類はこれまで幾度も経験してきた。例えば、3月11日に大地震が起こらなければ、あるいは仮に起こったとしても、福島に津波がこなければ、現在の世界の原発市場の様相は大きく変わっていたかもしれない。世界で最も原発を経験する日本の技術は、世界へ輸出されて、原発大国日本として、日本ひいては世界経済に大きな貢献をしていかもしれない。しかし、現実は現実であり、東芝はそこから凋落が始まった。メディアは、現在の企業解体のイザコザに対して過去の経営陣の経営責任を謳うけれど、きっと3月11日がなかったらそんな話にもならなかったかもしれない。

そう考えると、時代・世代を乗り越えて企業を経営していくこととは本当に大そうなことだ。そもそも、国だって頻繁に”倒産”を繰り返している。日本で言えば1945年の戦後から。中国だって1949年だ。史実として、組織を時代・世代を乗り越えて営んでいくことはそれだけに難しい。

かつて、GEが電球屋だったこと、トヨタが織物屋たったこと。最近では、富士フィルムの化粧品事業へのシフトも面白い。ここから学べる史実とは「進化力」・「変化力」に尽きる。経営者には様々な責任が問われるけれど、最終的に重要なことは、自由な意見が生まれてくる土壌や企業文化を育み、現状や前例(status quo)にとらわれることなく瞬時に変化してしまう決断力と行動力なのではないだろうか。それが歴史から学べることの一つだと思う。

 

最近の老舗企業のニュースを見て、ふとつぶやいてみました。

have a nice day!

 

ブラタモリ

最近、地政学について勉強している。川、山、海、そして大地の地形がその地の経済にいかに大きな影響力を及ぼしたのか。そこには想像以上に深い相関性がある。皆さんも知っていることではあるけれど、エジプト文明をはじめとした世界の4大文明とは、そこに大河が存在したことが繁栄の礎となっている。川があるから、水があり灌漑ができる、魚も捕れる。そして何よりも川でモノを運べる。人とモノが動けば経済は発展する。実は、「そこに川があったから」という単純な因果関係が世界の歴史を形作った。最近は、地政学に関する様々な本が出版されているけれど、僕のおすすめはこちら。非常に深い本です。参考まで。

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さて、以上は前置き。ここしばらく、僕は「ブラタモリ」をずっと見ている。YouTubeでも見れるから僕自身繰り返し見てる。ブラタモリ?ときっと知らない人も多いことだろう。でも、面白いことに、最近この番組が下記のように各種団体・機関から表彰されるなど注目を浴びている。

日本各地の地形がその後の歴史形成に対して、どのような因果関係をもっているのか。そのロマンをタモリさんと専門家とで全国を旅するという番組。そこには自分の知らない日本たくさん詰まっていて非常に面白い。 

世界を知ることはもちろん大事。そして日本の文化・サービス・モノ・ことをあらゆる形で世界に発信することは日本という国が生きていくためには避けては通れない道だ。だからこそ日本のことをもっと知る必要がある。「日本から世界へ」と題してブログを書いている自分だけれど、日本をもっと勉強する必要がある。それは僕の率直な思いだ。

grapee.jp

nlab.itmedia.co.jp

 

沖縄陥落から72年

6月23日。本土の人はあまり気にも留めないだろう。若者たちは、その事実すら知らないだろう。でも、72年前の今日、沖縄戦は終了した。この戦いがどれほどの惨劇だったかを知る日本人は少ない。 

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僕は、幼少のころから祖父に戦争の話をずっと聞いて育った。沖縄という地が最後まで日本の防波堤となり戦ったということを。そんなことをずっと幼少のころから聞かされたこともあり、大人になってからは何度も沖縄を訪れた。太平洋戦争の沖縄戦で米軍が最初に上陸した激戦地である慶良間諸島も訪れた。そんな旅を何度も繰り返した。バカンスではなく、戦争の傷跡をこの目で確かめるため。

 

その都度、沖縄の大地の静けさ、空の青さ、透き通る海、そして人々の温かさに心を打たれたものだ。今年は、沖縄にもう一度いきたい。

 

平和と呼ぶには遠く 歴史にするには早く 

What will you do if this is your last day of your life?

闘病生活を続けてきた小林麻央さんが亡くなった。僕は男であり乳がんの怖さを知らない。自分の周り・親族にも乳がんに侵された人はいない。だから僕は、その本当の恐ろしさを知らない。でも一つはっきりとわかる。彼女は死にたくはなかったはずだ。小さな子供たちを残し先立つことがどんなに辛かったことか。彼女は、死を目前にしながらも前向きにブログを書き続けた。内心はどんなに怖かったことか。日に日に迫る”死”というものを感じながら、最後まで必死に生きぬいた彼女の精神を考えると本当に胸が痛む。僕よりも年下の34歳。まだまだ人生はこれからだった。

小林麻央オフィシャルブログ「KOKORO.」Powered by Ameba

  

What will you do if this is your last day of your life?

今日が人生の最後の日だったら何をするか?

 

死はどんな人にでも必ずやってくる避けては通れない道だ。それが”いつか?”その違いに過ぎない。

 

What will you do if this is your last day of your life?

目を閉じて自分の人生を、これからの歩みを今一度考えてみようと思う。

 

真夜中の〆

大阪へ出張。仕事を終え、知人と会食後、「面白い店があるから」と連れて行ってもらったのは、手打ちうどんの店「香川」。どうやらここのカレーうどんが相当においしいらしい。飲んだ後の〆。やってはいけないとわかりながら、やめられない日本の文化。

到着して衝撃的な光景を見にすることになる。既に真夜中を優に過ぎているのに玄関の前には長蛇の列だ。皆「〆」を求めて夜な夜な集まっている。新地という場所柄、客層は様々。でもこの味を求めてやってくる。そんなお店。

30分程度たって入店。そこには凛とした空間が僕を待ち受けていた。高級店の香りだ。4名の職人さんが真夜中にもかかわらずテキパキ働いている。注文したのはおでんとカレーうどん。最高の出汁、最高の味。

つくづく思う。繁盛する店は、クオリティーに絶対的にこだわっている。当店も職人さんが真夜中でも正装して4名稼働。効率というよりはむしろ非効率だ。でも、そこから生まれる味や世界観に人はあつまり長蛇の列をなす。でも、香川がビジネスを拡大したらきっとこの現象は起こらないだろう。希少性とストーリー性に人は集まる。ビジネスの拡大と人気とは常に逆相関だ。

そんなことを思いつつ、出汁のきいたカレーうどんを五臓六腑にしみ込ませた夜。

 

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「新地 香川 うどん」の画像検索結果

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